睡眠時無呼吸症候群の罹患がコロナ感染リスクを高める可能性を指摘~大規模オンライン調査による睡眠状態とコロナ感染の関係性に係る研究成果が国際科学誌『Scientific Reports』に掲載~

株式会社ブレインスリープ(本社:東京都千代田区、代表取締役:廣田 敦、以下「ブレインスリープ」)は、スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長である西野 精治氏(ブレインスリープ、最高研究顧問)をはじめとする研究チームと、2021年1月に全国47都道府県の有職者約1万人(性別・年齢・都道府県で割付)を対象に行ったオンライン調査の結果を分析し、睡眠状態と新型コロナウイルス感染症(以下「COVID-19」)の感染との関係性を調査しました。
その結果、COVID-19感染者では非感染者に比べ、睡眠時無呼吸症候群(以下「SAS」)の罹患率が13.1倍高く、逆にSASの罹患実績がある場合、COVID-19の罹患リスクが16.6倍も高いことが明らかになりました。
本研究の成果をまとめた研究論文(筆頭著者:中島 正裕、天野 領太、責任著者:西野 精治)が、このたび国際科学誌『Scientific Reports』(英国、Nature Research社発行) に掲載されたことを発表いたします。

 

2020年以降のCOVID-19の流行もあり、免疫力の向上やワクチンの有効性を高める上での睡眠の重要性が再認識されています。免疫力の向上に関しては、睡眠の質を高めることが重要なことは言うまでもありませんが、睡眠障害に罹患することも大きな影響があるため、睡眠障害の適切な治療の重要性にも改めて注目が集まっています。
睡眠障害の中でも特に疾患数が多いと言われるSASについては、COVID-19流行当初から、COVID-19感染のリスクを高めるとの海外の報告もあり、例えばシカゴ都市圏10病院の調査において、基礎疾患としてSASがある場合にCOVID-19に罹患するリスクが約8倍高いとの指摘もされていました(参考文献[1-3])。このように、SASとCOVID-19の関係性については当初から認識されていたものの、一般市民を対象とした大規模な調査の例は少なく、従来の報告は入院患者や医療記録システムのデータ分析を対象とするものが大半でした。

本研究では、インターネットを用いた大規模なオンライン調査を実施し、日本の一般市民、特に有職者10,339名を対象として、SASの罹患の有無や睡眠習慣・生活習慣とCOVID-19の感染率との関係性を調査いたしました。
調査対象者は大手オンライン調査会社のサンプル会員から、性別、年代については均等になるように、また都道府県別には一部で人口構成を踏まえて、割付を行っています(図1参照)。

 

調査内容として、
①家族構成や職種などの個人の属性に係る質問
②睡眠習慣やその他睡眠に係る質問
③喫煙習慣に係る質問
④ストレスや生産性などに係る質問
⑤2020年以降の体調不良に係る質問
⑥COVID-19の感染予防に係る質問
から構成される質問群で、合計140個の変数として構成される回答データを分析の対象としました。

図1:調査対象者の性別、年代別、都道府県別の分布

 

本研究では、回答を収集した10,339名のデータの中で、1日の中での喫煙数や身長・体重の回答が異常値と判定される回答者16名を除外した10,323名の回答を有効回答としました。
COVID-19の感染有無の判定については以下6つの質問に対して「ある」、「なし」、「答えたくない」の3つの選択肢で回答を求めましたが、②か③のどちらかの質問に対して「ある」と回答した方をCOVID-19感染者(以下、「COVID-19+」と表記)、①-⑥のすべての質問に対して「なし」と答えた方をCOVID-19非感染者(以下、「COVID-19-」と表記)、とそれぞれ判定しました。
このような判定方法により、COVID-19非感染者の中に感染者が混在する可能性を減らし、保守的な推定をしています。調査は、2021年2月に実施され、ワクチン接種は開始されていません。

 

1 新型コロナウイルスの疑いがあり、通院をしたことがある
2 新型コロナウイルスの疑いがあり、入院をしたことがある
3 新型コロナウイルスの疑いがあり、ホテル療養をしたことがある
4 新型コロナウイルスの疑いがあり、自宅療養を行ったことがある
5 新型コロナウイルスの濃厚接触者として、自宅隔離をしたことがある
6 家族や親戚、友人、職場の同僚等、新型コロナウイルスと診断された方がいる

有効回答者10,323名の中で、COVID-19+の方は144名、COVID-19-は8,693名となり、合計8,837名を本研究の分析対象者としました。SASの罹患の有無については「医療機関においてSASと診断され治療を受けたことがあるか」という質問に対して「ある」と回答した方をSAS罹患者と認定したところ、分析対象者の中でSAS罹患者(以下、「SAS+」と表記)は282名、SAS非罹患者(以下、「SAS-」と表記)は8,555名となりました。

分析対象者の性別、年代別の分布は表1の通りとなり、COVID-19の感染者の多くが20代の若年層であり、女性よりも男性に多い傾向にあること、SAS罹患者は60歳以上の高齢者だけでなく20代の若年層でも多い傾向にあることが確認できました。
分析対象者全体の8,837名に対してSAS罹患者は282名で、罹患率は3.2%となりますが、これは日本全国でこれまでに報告されているSASの罹患率と整合的な数字となっています(参考文献[4])。また、COVID-19の感染者の割合が20代で多いこと(参考文献[5])、SAS罹患者も20代で比率が高いこと(参考文献[6])も、他の報告と整合的な結果と言えます。

表1:分析対象者8,837名の性別、年代、COVID-19の感染有無、SASの罹患有無に関する分布

 

COVID-19とSASの関係性についてクロス集計を行ったところ、COVID-19の感染有無とSASの罹患有無の間に強い関連があることが明らかになりました。分析対象者全体の8,837名に関しては、COVID-19+の144名の中でSAS+は51名と、35.4%がSAS罹患だった一方で、COVID-19-の8,693名ではSAS+は231名と2.7%に留まりました。カイ二乗検定を行うと、p値も0.01を大きく下回る数値となり、両者には関係性があることが統計的にも有意なレベルで確認できました。
年代別でCOVID-19感染者の多い20代に限ってみた場合でも、同様の結果が得られています(表2参照)。

表2:分析対象者全体及び20代でのCOVID-19感染有無とSAS罹患有無の関係

*SAS+の中でのCOVID+の割合が18.1%(=51/282)で、SAS-の中でのCOVID-19+の割合が1.1%(=93/8,555)なので、SASへの罹患実績がある場合、COVID-19の罹患リスクが16.6倍高い(18.1/1.1=16.6倍)ことが判明

 

今回の調査では合計140変数からなる多数の質問を行っているため、その中でCOVID-19の感染有無に寄与の大きい変数を確認すべく、多変量統計解析も実施しました。
目的変数としてはCOVID-19の感染有無もしくはSASの罹患有無、また分析対象としては全年代と20代のみに限定した場合を考え、合計で以下4つのパターンで多変量ロジスティック回帰分析を行いました。

1 目的変数をCOVID-19の感染有無とし、全年代を分析対象
2 目的変数をCOVID-19の感染有無とし、20代のみを分析対象
3 目的変数をSASの罹患有無とし、全年代を分析対象
4 目的変数をSASの罹患有無とし、20代のみを分析対象

また説明変数としては、まず140変数全体から他の変数と意味が重複する設問や自由回答の項目を除外するなどして、67個の変数まで整理した後、単変量解析で統計的に有意な変数及び臨床的な判断を加え、上記の各パターンでそれぞれ10前後の変数を選択しました。

各パターンでの結果のテーブルを表3〜4に示していますが、COVID-19の感染有無を目的変数とするパターン①の場合で、「マスク無しでの外出」や「インフルエンザの感染」に加えて「SASの罹患」が高いオッズ比(以下「OR」)の説明変数として認められました。同様にSASの罹患を目的変数としたパターン③の場合でも、「COVID-19の感染」が高いORの説明変数として同定されました。

表3:パターン①(目的変数をCOVID-19の感染有無とし、全年代を分析対象)の場合の各説明変数と統計解析結果(ORが5以上の変数をオレンジで、p値が0.05以上の変数をグレーで、それぞれ表示)

 

表4:パターン③(目的変数をSASの罹患有無とし、全年代を分析対象)の場合の各説明変数と統計解析結果(ORが5以上の変数をオレンジで、p値が0.05以上の変数をグレーで、それぞれ表示)

 

ORの高い説明変数について、実際に各説明変数が該当する方とそうでない方で、COVID-19の感染者と非感染者の割合を比較すると、該当する方ではCOVID-19の感染者の割合が非常に高くなっていることが確認できます。
この中でも、上述の通り、SASの罹患者でのCOVID-19の感染割合は18.1%と他の説明変数の場合と比較しても高く、SAS罹患者でCOVID-19の感染が広まっていることが分かります。
20代のみを分析対象にした解析でもほぼ同等の結果が得られました。

図2:COVID-19の感染者及び非感染者のそれぞれで、パターン①で同定された主な説明変数の回答の割合

 

本研究によって、SASの罹患がCOVID-19(並びにインフルエンザ)の感染リスクを高めていることが統計的に有意なレベルで確認されました。
この原因は完全には明らかになっていませんが、先行研究ではアンジオテンシン変換酵素II(Angiotensin converting enzyme2, ACE-2)が関与する可能性(参考文献[7])や、SASによる口呼吸が上気道におけるウイルス感染リスクを高めている可能性も指摘されています。
今冬もCOVID-19の継続的な流行が予測されている中で、COVID-19もしくはインフルエンザの感染予防の観点からも、原因の特定に向けて更なる研究が期待されます。

 

  • ◆掲載誌について:国際科学誌『Scientific Reports』

題名:Influences of sleep and lifestyle factors on the risk for covid-19 infections, from internet survey
of 10,000 Japanese business workers
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-22105-3
著者及び所属:中島 正裕1、天野 領太2、西野 直矢3、長田 康孝1,4、渡邉 有里子1、三宅 晃史1、千葉伸太郎5,6、西野 精治1,3
1:ブレインスリープ研究所(株式会社ブレインスリープ)
2:東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻
3:スタンフォード大学医学部精神科
4:日本医科大学抗加齢予防医学講座
5:太田総合病院記念研究所太田睡眠科学センター
6:東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室

◆参考文献
[1] Miller, M. A. & Cappuccio, F. P. A systematic review of COVID-19 and obstructive sleep apnoea. Sleep Med Rev 55, 101382 (2021)
[2] A Maas, M. B., Kim, M., Malkani, R. G.,bbott, S. M. & Zee, P. C. Obstructive Sleep Apnea and Risk of COVID-19 Infection, Hospitalization and Respiratory Failure. Sleep Breath 25, 1155-1157 (2021)
[3] Hariyanto, T. I. & Kurniawan, A. Obstructive sleep apnea (OSA) and outcomes from coronavirus disease 2019 (COVID-19)pneumonia: a systematic review and meta-analysis. Sleep Med 82, 47-53 (2021)
[4] Okura, M. et al. Polysomnographic analysis of respiratory events during sleep in young nonobese Japanese adults without clinical complaints of sleep apnea. J Clin Sleep Med 16, 1303-1310 (2020)
[5] 厚生労働省『新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第3版』https://www.mhlw.go.jp/content/000668291.pdf
[6] Nishijima, T. et al. Prevalence of sleep-disordered breathing in Japanese medical students based on type-3 out-of-center sleep test. Sleep Med 41, 9-14 (2018)
[7] Barcelo, A. et al. Angiotensin converting enzyme in patients with sleep apnoea syndrome: plasma activity and gene polymorphisms. Eur Respir J 17, 728-732 (2001)

 

  • 神戸大学大学院医学研究科 感染治療学分野 教授 岩田 健太郎氏 コメント

睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患との関係を調べたオンライン調査を用いた研究である。研究テーマは学問的にも興味深いし、臨床的にも価値が高い。COVID-19罹患群のほうがSAS有病者が有意に多かったという結果は先行研究の知見にも合致するし、臨床医学的にも理解できる知見だ。

多変量ロジスティック解析にて性別やBMIなどを調整した後も、SASはCOVID-19罹患に関連していた(OR7.34, 95% CI 3.44-2.36)。その他の因子としてはインフルエンザ罹患があったが、これはインフルエンザの罹患がCOVID-19の原因というよりは、両感染症が同様のリスク因子を共有していると解釈するべきだろう。
他にも低い年齢やマスク未着用などが感染リスクと相関があり、これも先行研究の知見に合致する。COVID-19感染者中SASを持つ者が35.4%というのはやや高すぎるように思うが、これはブレインスリープという会社が遂行したオンライン調査という情報収集方法におけるバイアスが潜んでいる可能性がある。
同様に、COVID-19非感染者群にも無症候あるいは軽症で感染に気づかなかった人たちも紛れている可能性はあり、かつそういう人たちは基礎疾患を有していない率が高いかも知れないので、オッズ比に影響を与えた可能性は否定できない。
今回、オンライン調査に参加した方々のBMIが意外なほどに低いことも、健康意識が高い人ほど調査に応じていた可能性があり、我々が病棟で診るCOVID-19かつSASありの患者の印象と若干異なっていた点も興味深かった。すでに先行研究でSASの重症化や死亡への影響も吟味されており、この領域でのさらなる研究が期待されるところであろう( JAMA Network Open. 2021 Nov10;4(11):e2134241.)。

<岩田 健太郎氏 略歴>
1997年島根医科大学(現・島根大学)卒業。
沖縄県立中部病院研修医、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医を経て、アルバートアインシュタイン大学ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェローとなる。
2003年に中国へ渡り北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。
2004年に帰国、亀田総合病院(千葉県)で感染症科部長、同総合診療・感染症科部長歴任。2008年より現職。